織物の歴史と技をつなぐもの

天皇陛下の即位に伴う「大嘗祭」(だいじょうさい)の中心的な儀式を行う「大嘗宮」(だいじょうきゅう)が一般公開され、前回(平成)の約2倍、80万人近くが皇居を訪れたそうです。平成の代替わりの際は、自分がまだ若かったこともあり、皇室行事にまったく関心もなく、年寄りが何をそんなに騒いでいるのやら、、、と思っておりました。あれから30年。不思議なもので、着物が好きになり、糸や織物に関心を覚え、知るようになってはじめて、こうした皇室行事の重要さが理解できるようになりました。

庭積の机代物

一般公開でにぎわった大嘗宮で行われた 「大嘗宮の儀」(だいじょうきゅうのぎ)は、天皇陛下がご即位の後,大嘗宮の悠紀殿・主基殿において,初めて新穀を皇祖・天神地祇に供えられ,自らも召し上がり,国家・国民のためにその安寧と五穀豊穣などを感謝し祈念される、皇室行事です(宮内庁HP解説)。その大嘗宮の儀では、「庭積(にわづみ)の机代物(つくえしろもの)」と呼ばれる農産物・海産物などが日本各地から集められ、供えられますが、その中には麻織物と絹織物もあります。

麁服 (あらたえ)

麻織物は、「 麁服 」(あらたえ)と呼ばれ、徳島県美馬市木屋平で特別な許可をもって栽培された大麻(おおあさ)で織られた、文字通り麻の反物です。世に悪とされる大麻(たいま)と同じですので、そもそも日本国内での栽培は禁止されております。厳重な警備のもと栽培し、収穫した大麻から昔ながらの方法で糸を績み、布を織ります。古来よりこの役は、阿波国の阿波忌部(いんべ)氏(朝廷祭祀を担当した氏族)が担い、現在もその直系子孫である三木家が継承していますが、警備や種まき、栽培、収穫、その後の糸績み、織りまで、多くの資金と人手を必要とし、大変困難であったと聞きます。三木家には資料館(美馬市ホームページより)があるそうですので、ぜひいつか訪ねてみたいと思っております。

収穫に立ち会った方に写真を見せていただいたことがあります。大きくはない畑で背丈ほどにのびた麻を刈り取る、というだけの収穫ですが、収穫する人の衣装から何から何までが儀式そのものです。今回はすべてを地元の有志の協力でどうにか乗り切ったということですが、歴史や技をつないでいくという努力はとてつもなく大変であることが実感されました。

繪服(にぎたえ)

大嘗宮の儀で献上される絹織物は、繪服 (にぎたえ)と呼ばれ、愛知県豊田市稲武地区から調進されました(「調進」:宮内庁からの依頼で献上すること)。古くから上質の絹の産地として知られておりましたが、現在では養蚕農家もわずかとなってしまったそうです。それでも地元有志の団体まゆっこクラブが技を継承し、現在も伊勢神宮へ絹糸を献上するなどの活動を続けています(まゆっこクラブのホームページより)。

技をつなぐ皇室行事

収穫した麻から手で糸を績み、育てた繭から手で糸を紡ぎ、そして、布を織ります。今では機械が手の代わりとなり、手作業で織物を作るよりはるかに安価に仕上がります。皇室行事がこうした歴史と貴重な技を後世へとつなぐ役割を果たしているのは間違いありません。

伝統と文化の継承には、周囲の関心も不可欠です。着物が好きでこのサイトに立ち寄られた皆様には、お手持ちの、または、これから手に入れようとしている着物や帯について、その柄や色だけでなく、織りや糸、蚕や歴史背景についてもぜひ興味をもってみてください。