雀のお宿
今はむかし、あくあ屋の思い出話です。
子供の頃、生家の隣には竹林があり、おばあさんが一人で住む小さな家がありました。隣家といっても互いの家の門は全く違う道に面しており、いわば背中合わせの位置でしたが、なぜか我が家からおばあさんの家の庭に続く裏木戸がありました。 おばあさんの小さな家には、南側に向いて長い縁側があり、おばあさんは昼の間はほとんどその縁側で竹林や庭に遊びにくる鳥を眺めたり、縫物をしたりして過ごしていらっしゃいました。
子供の頃、幼稚園生とか、小学生の低学年頃だったと思いますが、鍵っ子だったあくあ屋は、家に帰るとよくその裏木戸からおばあさんの家へ行き、縁側でお菓子を食べながら一緒に過ごしておりました。おばあさんは、庭に米粒を撒いており、いつも雀がたくさん集まっておりました。日本昔ばなしのような光景そのままで、あくあ屋もおばあさんの家を「雀のお宿」と呼んでおりました。
竹に雀
着物や帯の柄によく使われる題材です。竹(笹)にとまった雀が格好の図柄になったことから、日本画などの図案によく使われています。対になる、組み合わせがよいものという代名詞にもなっています。
同様の組み合わせでは、波に千鳥、牡丹に蝶、柳に燕、などもありますね。牡丹や柳などは、デザインによってはその季節にしか着用できないものもありますが、竹に雀は季節を問いません。
梅に鶯
老親の世話をしに、ここ数年よく生家へ行くのですが、先日、久しぶりに庭で鶯の声を聞きました。
おばあさんの雀のお宿の竹林には、正月明け頃になると必ずウグイスがやってきました。はじめは、ホー、ホケ、ホケ、ホ~、キョ、と鳴く練習をはじめ、ご近所中から、下手くそねぇ、と笑われておりました。それでも我が家の庭の蠟梅が満開となり、梅のつぼみが開き始めるころには、美しい声を響かせて鳴いてくれるようになります。 笹の葉がすれる音をBGMに、ウグイスが鳴く声を聞くことが当たり前の春のサインでした。
梅に鶯。これも、組み合わせがよいものとしてよく対で使われる図柄です。着物や帯にも多く描かれています。季節感があるように思えますが、デザインによっては、季節を問わずに着用できるようなものもあります。
季節を感じる
おばあさんが亡くなられ、雀のお宿も竹林も跡形もなくなり、現在5軒ほどの家が建ち並んでおります。どのお宅も、庭にはきれいな花が植えられたプランターが並んでいますが、鳥が羽を休められるような木がありません。かろうじて古いまま残っているあくあ屋の生家の庭木が鳥たちの居場所なのでしょうが、時間とともにいつかその庭もなくなります。
都心でマンション住まいをしていると、「梅に鶯」を身近に感じることはできません。立春に鶯の声を聞けることが、いずれ最上級のぜいたくとなってしまうのかもしれません。
着物や帯の柄も季節感のないものが増えています。帯留めや、半衿に小さなブローチでよいので、小さな小物一つで季節を演出できるといいですね。